静かな場所には、
説明のいらない安心がある。
歩く音、
差し込む光、
湯気の向こうの表情。
そういうものが、
いつの間にか心をゆるめてくれる。
ここでは、
気持ちがほどけるための
「余白」を
記録していきます。
あなたの今日が、
少しでもやわらぎますように。

ORIGINS

チベット仏教とは

 チベット仏教は、インド仏教をもとに、7世紀ごろチベットに伝わりました。ナーランダ僧院で学ばれた「中観(ちゅうがん)」「唯識(ゆいしき)」などの教えと、「金剛乗(こんごうじょう・密教)」の修行が組み合わさり、チベットの文化と結びついて、独自の仏教として発展しました。
 吐蕃(とばん)王朝の時代、ソンツェン・ガンポ王、ティソン・デツェン王らが仏教を支援し、インドの高僧シャーンタラクシタやパドマサンバヴァを迎えて布教を行い、チベット仏教の基礎が築かれました。
 理論(哲学的な考え方)と実践(瞑想などの修行)を組み合わせた仏教です。師弟のつながりによる教えの継承、灌頂(かんじょう・修行を始めるための儀式)、修行の段階(道次第)を大切にします。
 こうした流れの中で、ニンマ派・カギュ派・サキャ派・ゲルク派などの主要な伝統が成立しました。その精神的核心は、菩提心と空性の智慧の結合にあり、自利利他を修行の目的とし、すべての衆生の解脱と覚醒を目指します。

勝乗院について

 日本は優れた伝統を有し、国民は聡明かつ勤勉であるため、豊かな生活環境を急速に築き上げてきました。現在は物質的には十分に満たされていますが、その一方で、人々は仕事に専念する過程で大きな精神的ストレスを抱えることも多く、その解決の道が必ずしも十分に見いだされていないように思われます。
 私たちは、チベット仏教がこうした問題に対する一つの解決の道を提供し得るものであり、まさにその欠落を補うものだと考えています。
 そこで私たちは、日本の人々とチベット仏法とを結ぶ架け橋として、「勝乗院(しょうじょういん)」という団体を設立することを決意しました。精神生活を豊かにする尊い智慧と思想を一人ひとりの心に届けるとともに、日本とチベットの人々との友好親善関係の促進に寄与することを目的としています。

LINEAGE

系譜・伝承の流れ

カルマ・カギュ派の法脈は、インド密教の金剛持(ヴァジュラダーラ)に始まり、ティローパ、ナーローパを経てチベットに伝わり、マルパ、ミラレーパ、ガムポパによって広められ、初代カルマパにより独立した宗派として確立されました。

カルマパと転生制度

カルマ・カギュ派の最大の特徴は、カルマパ転生制度です。12世紀の初代カルマパ(ドゥスム・ケンパ)は前世の再来として認定され、仏教史上最も早い転生系譜が確立されました。

修行の特徴

カルマ・カギュ派は「大印(マハームドラー)」を中心とした修行を特徴とし、心の本性を直接体得することを目指します。また、ナーローの六法などの密教修行も伝えられています。

黒い宝冠の象徴

黒宝冠はカルマパの象徴であり、無数の化身によって衆生を救済するという大悲の誓願を表しています。

現代の伝承

現在、カルマ・カギュ派はアジア、ヨーロッパ、アメリカなど世界各地に広まり、多くの瞑想センターや学習団体を通じて仏教の智慧と慈悲を伝えています。

TRADITION

カルマ・カギュ派は、チベット仏教カギュ伝承の中でも最も重要で広く伝えられている一派です。歴代カルマパを中心とし、実修と心の覚醒を重視する伝統として現在まで受け継がれています。

カルマ・カギュ派の創設

第1世ドゥスム・ケンパ
(Dusum Khyenpa, 1110–1193)

 初代カルマパ「ドゥスム・ケンパ」はガムポパの弟子であり、カルマ・カギュ派の創始者です。彼は前世の上師の再来として認定され、体系的な転生継承制度を確立しました。
 西暦1405年、チベット仏教の高僧・第5代カルマパのデシン・シェクパ(Deshin Shekpa)は、明の皇帝・永楽帝(えいらくてい)に招かれて中国へ行きました。南京の近くに着いたときには、永楽帝が自ら城門まで迎えに出たとも伝えられています。
 中国に滞在していた間、デシン・シェクパは教えを説き、灌頂を授けました。その様子を見た永楽帝は、デシン・シェクパが特別な力(神通=不思議な力)をたびたび示したとして、カルマパを「如来(仏)に近い存在」と強く信じ、非常に長い尊い称号を贈ったとされています。
 また永楽帝は、「仏教には宗派が多いので、力でまとめた方がよいのではないか」と考えたことがありました。けれどカルマパは、「人にはそれぞれ合う教えがあり、宗派の違いは仏教全体の中で共に生きるものだ」と諭しました。永楽帝はこの言葉を受け入れ、漢地とチベットの国境に置いていた軍を引き上げたと伝えられています。
 さらに伝承では、永楽帝が修行を深める中で、デシン・シェクパの頭上に秘密の「金剛黒帽(ブラック・クラウン)」が見えたといいます。これはダーキニー(空行母)という存在の髪で編まれた特別な帽子だとされます。そこで永楽帝は、人々にも見える形の黒帽を作ってカルマパに捧げ、それ以降、歴代のカルマパが同じ黒帽を受け継いで着用するようになった、と語り伝えられています。

LAMA

第17世カルマパ・ウルギェン・ティンレー・ドルジェ

第17世カルマパ・ウルギェン・ティンレー・ドルジェ
(The 17th Karmapa: Ogyen Trinley Dorje, 1985-)

1985年 チベット高原の遊牧民の家庭に生まれる。7歳の時、16代カルマパの予言書通りに17代カルマパとして発見される。ダライ・ラマ14世は独自の調査を行い、カルマパの17番目の化身であることに同意し、中国政府も認定した。
1992年9月 17世カルマパとして正式に就任。
1999年末 夜間に2階の窓から飛び降り、徒歩や馬、ジープ、ヘリコプターでヒマラヤ山脈を越えて亡命に成功。
2000年1月5日 インドのダラムサラに到着し、ダライ・ラマ14世に出迎えられる・僧院では伝統的な修行と教育の他、科学、歴史、英語などの言話を学ぶ。
2004年から 毎年ブッダガヤで冬の祈祷会「カギュ・モンラム」を主宰、世界中の様々な仏数の伝統から数千人が参加する。また、サイババ神殿の落成式や、マザー・テレサの100歳の誕生日の記念式典などにも出席。
2008・2011年 アメリカを訪れた。絵画、書道、詩、音楽、演劇などにも造詣が深い。
第5世シェリ・チョクトゥル・グルン(リンポチェ)

第5世シェリ・チョクトゥル・グルン(リンポチェ)
(The 5th Sheri Choktul Gurung, Rinpoche, 1993-)

第15世カルマパ・ギャワン、カキャプ・ドルジェ(Khakyab Dorje)の予言によれば、シェルリ・チョクトゥル・リンポチェ方は、ミラレパ尊者の八大心子の一人であるレパ・シワ・オ(Repa Shiwa Ö)の化身であるとされています。

1993年 ドルポ地方ヴィジェル(Vijer, Dolpo)にお生まれになりました。7歳の時、第17世カルマパ・ギャワン・ウゲン・ティンレー・ドルジェ(Ugyen Trinley Dorje)猊下により、第4世シェルリ・チョクトゥル・リンポチェの転生者として正式に認定されました。その後、蔵貢ラプダン(Jamgon Labdrang)の関係者によりカトマンズのプルラハリ僧院(Phullahari Monastery)へ迎請され、将来の学業のために移られました。そこで、蔵貢リンポチェの転生者と共に成長されました。
2004~2008年 ティロ・シトゥ・リンポチェ(H.E. Tai Situ Rinpoche)より「五大伏蔵」の教えと灌頂を授かり、更にサンゲ・ニェンパ・リンポチェ(H.E. Sangye Nyenpa Rinpoche)から同法の読誦伝承を受けられました。
2008~2022年 14年間、インド・カリンポンのラヴァ(Lava)にあるテクチェン・リン僧院(Thegchen Ling Monastery)にて仏教哲學を修学し、格西(ゲシェ)学位を取得されました。
この期間中、再びティロ・シトゥ・リンポチェより大手印(マハームドラー)の教えを受け、2017年には3か月間の大手印閉関修行を修められました。
現在は、ツァ・カン・シェルリ・ゴンパ(Tsa-KhangShel Ri Gonpa)の首席精神顧問を務めておられます。

EVENTS

現在準備中です。最新状況に関してはInstagramにてご確認ください。

ACCESS

一般社団法人 勝乗院

〒602-0873 京都市上京区河原町通丸太町下る伊勢屋町 405-1(2階)

※現在、準備中のため一般拝観しておりません。

※駐車場はございません。公共交通機関をご利用ください。

電車
地下鉄烏丸線
「丸太町」下車、1番出口より東へ徒歩約10分
地下鉄東西線
「京都市役所前」駅下車、10番出口より北へ徒歩約8分
京阪電車
「神宮丸太町」駅下車、1・3番出口より西へ徒歩約5分
バス
3、4、7、10、37、59、205系統
「河原町丸太町」停留所すぐ
65、93、202、204系統
「河原町丸太町」下車、徒歩2分
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